SSブログ

幸橋御門 [城・館・チャシ・グスク]

 長いご無沙汰、…今回は藩校について書く予定でしたが、資料がどこかに紛れ、
まだ探しきれずにいます、それで、一昨年江戸城の踏査を始めて「品川台場」「
御殿山下台場」「芝口御門」「高輪大木戸」については書きましたが、幸橋門と
浜御殿についてはまだ書いていなかったので、今日は幸橋御門についてです。



 その前に潅水装置についてのお話を。
 昨年一年間使ってみて、不具合は湿度センサーが酷いときには一週間もたない
ことです。
 下が現在使っている装置です。
IMG_6973_0000.JPG

 下がその湿度センサーです。
IMG_6983.JPG
左が未使用で右が使えなくなったものです、二本足の片側から電気を流し、その
二本足の間の抵抗値を測定し、この電圧をスケーリングし湿度として表示し、その
値をメーターリレーで判定します。
 何故基板にプリントされたハターンがはがれるかというとメッキの原理です、
それで、抵抗(レジスター)ではなく容量(キャバシティ)での計測と思いましたが、
キャパのセンサーはレジスターは1-5Vの出力に対して0-1Vで出力差が小さくて、
大雑把な計測になるので、オペアンフを作りましたが、うまくいきませんので、
その時作ったオペアンプの図面です。以前作っていたオペアンフはリニICは741
でしたが、このICだと±15Vの電源が必要だったので、今回は片電源のものにした
のとゲインを可変式にしたのですが、うまくいきませんでした。
Scan-1.jpg
それで、ン回はやめましたが、後日チャレンジします。

今回は、下記のように、センサーを改造しました。
IMG_6986.JPG
二つあるのは、表と裏です、これはセンサーの両面4ケ所に2mmの銅の丸棒を
ハンダ付けしたものです、これだと7月に交換して現在まだ使えます。

 何故 これでは駄目かと言うと、センサーが壊れた場合、水位センサーが検知
するまでの間ポンプが廻りっぱなしになり約40リッターの水を流失してしまいます、
それと、湿度センサーのトラブルを検知しポンプを止め異常を知らせるために、
シーケンサー制御にするため3号機を今年の初めに作りはじめましたが、以前だったら
1-2日で作れるものがいまだに下記の状態です。
IMG_6981.JPG
今の物と違うのは、スケーリングメーターリレーを2ケにしたのと、潅水時間の
タイマーをアナログからデジタルに変えたのとセンサーの耐久時間を知るため
のタイマー(999日計測可)と電子ブザーです、そして、ランプはすべて緑と赤の
表示のできる、LEDです。
IMG_6979.JPG
裏からみたところ。

IMG_6977.JPG
ケースの中ですが、これに、基板用リレーが10ケほどつきます。下図は今回の配線図
です、コントロールするソフトはまだ作っていません。
Scan.jpg
写真にはありませんが、基板用リレーを10ケつかいます、それはシーケンサーの
I/Oを減らしコストを下げました。

 これも道楽?いやボケ防止?・・・。














四年前江戸城踏査で始めた下図が廻ったところです。
全体図.jpg
このなかで、浜離宮と幸橋は書いていませんでしたので、今回は幸橋を
書きます。


幸橋御門跡

別名 御成門
所在地 東京都港区西新橋1-2-9
遺構 石垣の一部、説明板
築造 寛永13(1636)年
撤去 明治6(1873)年
 幸橋門は将軍が徳川家菩提寺の一つ芝増上寺の参拝のため通門だったので
御成門とも言われていました。
Scan-4.jpg
上図がその位置です、右下黒指さしが幸橋で、左端中央の指さしが増上寺です。
 三十六見附の一つで汐留川と外濠川の角にあります。
下は幸橋御門の絵図です。

Scan-2a.jpg
上は表紙です、この中に載っている幸橋が下図です。
Scan-75a.jpg
下の写真は明治4年に横山松三郎氏が旧江戸城を撮影したものです。
1-12幸橋門.jpg
下は日本城郭協会の初代会長の井上氏の三十六見附図のものです。
Scan-34.jpg
この絵図゛で左が幸橋で右、外濠川の奥に見えるのが、山下橋です。

火事と喧嘩は江戸の華と言われていたように、お城も町も火事、地震、台風、
大雨などにより、焼失、崩壊、などにより、何度も建て替えられています。
自分が調べただけで、こんなに(下表)あります。
Scan-2.jpg



 以前ビル建設の際石垣が見つかり幸橋の一部と騒がれましたが、これは
汐留川の護岸の一部で、現在はほとんどが、埋められています。

絵図だと正確な位置が地図で見て下さい。
Scan.jpg
Scan-1.jpg
上は絵図を地図化したものです、下は現在の地図です。
どちらも→印部が幸橋で、汐留川は道路の下で外濠川は電車の線路の下です。

石垣の見つかったのは下図左側の丸印の所です。
7.幸橋門跡.jpg
右下のまる印が幸橋跡です、みての通り橋とかなり離れています、なので、
石垣の場所は幸橋跡ではなく護岸(汐留川の石ではないかとおもわれます。

下の写真がビルの建築時に見つかった石です。
IMG_6710.JPGDSCF4187.JPG

IMG_6711.JPG幸橋門石垣.jpg

IMG_6712.JPGIMG_6713.JPG

DSCF4192.JPGIMG_6714.JPG

DSCF4190.JPG 新幸橋碑.jpg                        
                                           
                                           
                                           
                                           
                                        
                                           
                                           
                                           
                                           
                                          
                                          
                                          
                                          
                                           
                                           
                                        
                                           
                                             
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        






















                                           
                                           
                                            
                                            
                                            
                                            
                                            

写真右下の石標の道路対面が橋跡です。


 次回は藩校についてですが、数が多いので、分けてのせます。


nice!(38)  コメント(1) 
共通テーマ:ニュース

nice! 38

コメント 1

ハマコウ

ご無沙汰しております。
昨日は浜松城の見学を楽しみました。二の丸跡の発掘調査の様子も見ることができました。
次の記事を楽しみにしています。
by ハマコウ (2021-12-12 10:45) 

城と写真石垣山一夜城の今昔 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。